近代化への障害 3
対照的に明治の日本の新政府は、1911年(明治44年)にはじめて関税の自主権を獲得するといったように、国内の幼稚産業(インファント・インダストリー)を保護する政策手段すらもっていませんでした。
・・・そういう状況にもかかわらず、明治の新政府は巧みに経済の近代化を進めることに成功。
近代化がはじまったころの1868年から第ニ次大戦がおこる前までの約80年の間に、平均4%強の経済成長を遂げることができました。
そして、この間に農業国からしだいに工業国へと成長することができたのであります。
ちなみに、1878~82年の期間の農業を中心にした第一次産業の割合(生産べース)は64.7%、それが1900年には50%を切り、1938~42年には17・1%にまで低下しました。
これに対し、第ニ次産業のそれは10・6%から40%にまで上昇しました。
いろいろな制約のなかで日本経済が短期間に急成長を遂げることができたのは、歴史家にとっても興味の対象であるのみならず・・・
今日、多くの途上国が日本の成功と失敗の経験から、いろいろな教訓を引き出そうとしているところでもあります。
参考のためにいえば、戦前のこの4%強の成長率は、今日、あるいは第ニ次大戦後の日本が記録した高い経済成長率からみれば低い成長率ではありますが・・・
当時の先進国の高い成長率・・・具体的にはイギリスが約2~3%、アメリカが3~4%の成長率を記録していました・・・
これがより一段と高く、世界で最大の成長率を記録していたのです。