近代化への障害 2
もちろん、当時も、列強のなかにはいろいろなかたちでの経済援助を申し出る国・・・
フランス、イギリス、ロシア、アメリカなどがありました。
しかし、明治の新政府はこれらの国から経済援助を受けることは、せっかくかちとった政治的独立との引き換えという危険なことでもあり・・・
また国内問題を処理するのに海外勢力と結びつくのは厳に排除したいという気持ちもあって、これらの援助を受け入れることをしませんでした。
・・・もっとも、例外的には、たとえば新橋(東京)1桜木町(横浜)間の日本で最初の鉄道敷設に際して、イギリスから借款(9%利付の英国債488万円、1870年)を受けたといったようなことはありました。
・・・しかし、今日いわれるような経済援助を海外政府から受けることは、原則としてありませんでした。
つまり、経済建設は自らの資本蓄積によらなければなりませんでした。
また、門戸を海外に開いてからまもないこともあって、当時の日本では、対等な通商条約を結ぶこともなく、いろいろな意味での経済自主性が制約を受けていました。
たとえば、今日の開発途上国は、先進国から特恵関税という恩恵的な関税制度によって経済近代化の手助けを受けています。
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