近代化への障害
1人当たりの所得水準は、現在(1989年)の価格ではどれほどか、これまたむずかしい問題ですが・・・
今日ある数多くの開発途上国のなかでも300ドル程度の、どちらかといえば低い部類に属する水準であったものにちがいありません。
当時(1872年)の人口は3480万人で、今日の1億2500万人の4分の1、その77・5%(1872~76年平均)以上は農民であったことも現在の開発途上国と似ています。
このような状況にあった日本経済が近代化をはじめるのですが、今日の開発途上国と同様に、あるいはそれ以上にきびしい、いくつかの近代化への障害がありました。
そのひとつは、当時の世界経済が、すでに列強と呼ばれる欧米の帝国主義勢力によって分割がほぼ終わろうとした時代にあったことです。
アジアにおいては、これらの帝国主義勢力が中国への進出を終えて、虎視眈々とさらに東の日本に注目をしているところであって・・・
当時の日本はいわば植民地になりかねないような非常にきびしい国際環境にあったのであります。
そういう状況のなかで、経済的な独立はもちろんのこと、政治的に確固たる主体性をもちながら、従来の鎖国政策から開放政策に転ずることが容易でなかったことは、十分に推察されるところでしょう。
さらに経済的にいえば、当時の新政府は海外からの経済援助を受けることができなかった、というより受けなかったのであります。
これは今日の開発途上国の場合とまったく異なる状況です。